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広島高等裁判所 昭和31年(ネ)168号 判決

宇部市大字際波山根宝一方

控訴人

宮本啓介

右訴訟代理人弁護士

田坂戒三

被控訴人

右代表者法務大臣

井野碩哉

右指定代理人

広島法務局訟務部長

加藤宏

広島国税局大蔵事務官

近藤吉隆

右当事者間の昭和三十一年(ネ)第一六八号損害賠償請求控訴事件につき当裁判所は昭和三十四年七月七日終結した口頭弁論に基き次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す。被控訴人に対し金五〇万円及びこれに対する昭和二十八年十月二十三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、控訴費用は第一、第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並に証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において

(1)  控訴人の主張に係る原判決事実摘示第一の四の(1)の差押は控訴人の異議申立により後日(昭和二十四年七月)に至つてその昭和二十三年度の所得額を二、七一四、一四一円という前決定の半額にも足らない金額に誤謬訂正をし、所得税額も亦一、九四七、〇九六円という抵額に訂正しなければならぬような杜撰な計算に基き、実に五、〇一八、三〇三円の高額の滞納ありとして控訴人所有の土地家屋について差押をしたものであつて、若し今少し周到の調査を行い右誤謬訂正による税額又は之に近似する金額を以て督促又は差押をしたならば、控訴人は何等かの方法を以て他より金融を受け或は債権者山口銀行に控訴人に代つて税金の支払をして貰い財産の保全を図る等の措置を講じその場の急を脱し得たのに、右の如く控訴人の息の根を止めるような驚くべく高額の査定により差押をしたため、控訴人は全く施す術とてなく遂に金融杜絶の憂目を見、更に廃業の止むなきに至つたものでその損害は莫大なものがある。右は被控訴人の故意若くは過失による不当な差押に基因するものであるから被控訴人は控訴人に対しその賠償義務がある。

(2)  被控訴人は昭和二十三年度所得額を六五〇万円と認定したので控訴人はこれを不服として同月一〇日審査の請求をした。然るに被控訴人は右所得額に対する本税、追徴税、加算税等合計五、〇一八、三〇三円の滞納ありとして翌四月五日控訴人所有の原判示第一の四の(イ)(ロ)(ハ)の建物を差押えた外同月十九日、同年六月八日、同月二十五日に亘り夫々控訴人の不動産の差押をした。一方控訴人が昭和二十三年度分所得税として納付したものは、昭和二十三年七月三十一日五六、四一二円、昭和二十四年三月二十三日金三〇、〇〇〇円同年四月一八日金一六三、二一〇円計金一六三、二一〇円計金二四九、六二二円で、前記差押公売処分による被控訴人の売得金は昭和二十四年六月三十日現在において金一、二〇〇、〇〇〇円である(宇部市所在の分等未公売のものを除くその後昭和二十四年七月六日被控訴人は控訴人の昭和二十三年度所得額を二、七一四、一四一円と訂正し、その所得税本税、追加税等合計一、九四七、〇九六円と誤謬訂正した。しかして最初の昭和二十三年度所得額並に所得税額の認定において被控訴人に過失あることは誤謬訂正の事実自体によつて明らかであり、又控訴人が審査請求していることを知悉しながら左記のとおり四月五日、同月十九日、六月八日、同月二十五日と連続差押を続行し同年六月三十日には公売処分を完了している。

これは控訴人の審査請求により誤謬を発見し、之を憎み、その訂正額を公売処分類の範囲に止め得んことに焦慮を払い法の盲点に依存して権力を濫用し故意に訂正前の認定額を強行したものに外ならない。(控訴人はために倒産、昭和二十四年六月廃業の止むなきに至つた)さればこそ被控訴人の誤謬訂正額についても控訴人の既納額および公売処分額更に公売処分未了のもの(宇部市所在外)をも考慮に入れて勘案し依て以て誤謬訂正額を算出したものである。それ故に被控訴人の控訴人に対する前記公売処分は故意若くは過失による不法行為である。

と主張し、更に控訴人が従来主張の原判示摘示第一の四の(4)の差押をした大蔵事務官平田稔は差押権限を有しないとの点は撤回すると述べ、当審証人藤井正一、当審における控訴本人、当審証人木村三郎の各供述並に当審における鑑定人秋技純逸の鑑定の結果を援用し、被控訴指定代理人において控訴人の右新主張事実(1)は否認する。同(2)につき公売処分が被控訴人の故意若くは過失による不法行為であるとの点は否認する。かりに過失が存在したとしても原判決摘示の如くすでに消滅時効が完成しているから控訴人の主張に応じられないと述べ、又控訴人の前記主張の撤回に同意し、当審証人仙波豊の証言、当審における鑑定人高木康光の鑑定の決果を援用した外原判決に摘示するところと同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

控訴人が昭和二十三年四月頃より下関市において宮本啓介商店なる商号を以て海産物販売業を営んでいたこと、控訴人に対する昭和二十三年度分所得税の滞納処分として

(一)  下関税務署長大旗佐が昭和二十四年四月五日控訴人所有の原判決の摘示する(イ)(ロ)(ハ)の各家屋に対し

(二)  同署長岡崎正夫が昭和二十四年六月八日控訴人所有の同様(二)の宅地(ホ)(ヘ)の各山林に対し

(三)  宇部税務署長佐久間一夫が下関税務署長よりの引継により昭和二十四年六月二十五日控訴人所有の原判決摘示の(ト)(チ)(リ)(ヌ)の各山林に対し

(四)  宇部税務署大蔵事務官平田稔が下関税務署長からの引継ぎにより昭和二十四年八月一日控訴人所有の原判決摘示の(ル)(オ)の各家屋および(ワ)の宅地に対し

それぞれ差押処分をなし、更に下関税務署長中西清が昭和二十五年九月十二日前記差押にかかる(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(ヲ)および(ワ)の土地家屋の公売処分に対し、訴外金藤滋に対して一括して金一五万円で公売し、同月十三日所有権移転登記手続を了したことはいずれも当事者間に争がない。

によつて先ず右各差押処分の為された滞納金の数額について争があるのでこの点についと判断するに、成立に争のない乙第一号証の二に弁論の全趣旨(殊に被控訴人提出の答弁書に添付の別表参照)を綜合すると

(一)  昭和二十四年四月五日の差押処分は控訴人の当時における昭和二十三年度所得税の滞納金五、一八一、四〇一円(本税金四、九一〇、九三〇円加算税二七〇、四七一円)および督促手数料、滞納処分費延滞金を滞納金として行われたこと

(二)  昭和二十四年六月八日、同月二十五日の差押処分は前記所得税滞納額五、一〇八、一九二円(本税金四、七四七、七二一円、加算税金二九〇、四七一円)および督促手数料、滞納処分費、延滞税金を滞納金として行われたこと

(三)  昭和二十年八月一日の差押処分は昭和二十三年度所得税本税金九七三、三〇一円、加算税金七一、五二四円合計金一、〇四四、八二五円を滞納金として行われたこと

がそれぞれ認められ、右各認定を左右するに足る証拠はなく、成立に争のない甲第一号証に記載の金額は当然に差押の金額とは云えないから右認定を覆すに足らない。

控訴人は被控訴人の右各差押はその主張の如きそれぞれの理由の下に手続上違法のものであつて無効であると主張するのでこの点について考えるに、先ず前記のうち最初の昭和二十四年四月五日の差押について控訴人は何等催告のない抜打の差押であると云うけれども該主張に副う原審並に当審における控訴本人の供述は成立に争のない乙第一号証の一〇および弁論の全趣旨(前記答弁書の別表及び本件差押処分が仮更正決定後約半年、更正決定後一ケ月後に行われている点等を参照)に徴したやすく措信し難く、却つて右書証および弁論の全趣旨によると適法な催告が行われ、その督促料も差押債権額に包含されていることが認められるが右差押は控訴人主張の如く違法のものとは云えない。

次に控訴人主張の(二)(三)の各差押処分について、その主張の如く各税務署長において控訴人に対し滞納税金を即刻納付すべき旨の催告をした上で差押を為したことは当事者間に争がなく、そして弁論の全趣旨によると(四)の差押については控訴人に対し格別督促の為されなかつたこと及び(ワ)の宅地については差押の通知がなかつたことが認められる。しかし右のような督促と雖も当時の国税徴収法に照し適法のものと云うを妨げず、又前記(四)の差押について督促がなくその差押物件の一部について差押通知が為されていないとしても、いずれも之を以て違法の差押と云うことを得ないのであつて、以上についての具体的理由は、原審判決の摘示するところと全く同一であるからここにこれを引用する。そうだとすれば前記(一)ないし(四)の各差押若くは滞納処分には控訴人主張の如き形式的違法は認められないから控訴人の該違法を前提とする右各差押処分が無効である旨の主張は採用し難い。

なお控訴人は下関税務署長の前記(一)の差押は、控訴人の異議申立により後日(昭和二十四年七月)に至つてその昭和二十三年度の所得額を二、七一四、一四一円という前決定の半額に足らない金額に誤謬訂正をし所得税額もまた一、九四七、〇九六円という低額に訂正しなければならないような杜撰な計算に基き実に五、〇一八、三〇三円の高額の滞納ありとして控訴人所有の土地家屋について差押をしたものであつて、若し今少し周到の調査を行い右誤謬訂正による税額若しくは之に近似する金額を以て督促又は差押をするにおいては控訴人は何等かの方法を以て他より金融を受けて其の場の急を脱し得たのに右の如く全く控訴人の息の根を止めるような高額の査定により差押をしたため遂に金融杜絶の憂目を見、更に廃業のやむなきに至つたもので、右は被控訴人の不当差押であつてそのために被つた控訴人の損害は莫大なものがある旨主張するが控訴人主張の如く右差押の後所得額の誤謬訂正をしたことは被控訴人においてもこれを認めるところであるけれども、右下関税務署長差押に係る不動産の合計額は成立に争のない甲第六号証(山口銀行作成の回答書)によると合計一一〇万円位のものであつて、後日昭和二十八年に至つて五九万円で公売される事実もあり、これに弁論の全趣旨により認め得る当時の経済界の不況状況より見ると右各物件に対する差押がたとえ後日訂正された金一、九四七、〇九六円の所得税額を基準として為されたとしても決して超過差押とは云えず、又当審証人木村三郎の証言よりすれば抵当物件の価格が差押にかかる税金額を差引いてなお債権回収可能の見込ある場合でなければ抵当権者たる山口銀行としては当時控訴人のために税金の代払はしなかつたであろうことが窺えるから、仮に最初から後日訂正された金一、九四七、〇九六円の所得税額で前記(一)の差押がなされたとしても差押にかかる不動産の価格が前認定のとおりであれば控訴人主張のような山口銀行による税金代払は期待できなかつたものと認める外はない。なお右証人の証言と前顕甲第六号証とによれば訴外山口銀行が控訴人との取引を停止した理由は控訴人の債務超過のためであつて本件国税の差押処分がその直接原因ではないことが認められ、更に控訴人の全立証によつても最初から訂正後の所得税額程度の金額であつたら他から金融を受けることができたであろうことは遂に認めることができないから右の差押によつて控訴人が取引上の信用を失墜し金融杜絶して廃業の止むなきに至つたからとてその責を被控訴人に帰することは理由がないものと云わねばならない。従つて控訴人の本件各差押の手続違法或は実質的不当を前提とする損害賠償の請求は失当と云わねばならない。

次に控訴人の当審における新たなる主張(二)の事実についてはたとえその主張の如き外形的事実が存するとしても被控訴人において控訴人の昭和二十三年度の所得税並に所得税額の認定につき又その差押公売処分につき控訴人主張のような故意又は過失のあつた点については控訴人の全立証によつてもこれを認めることができないからこの点についての被控訴人の不法行為は認め難く、その存在を前提とする損害賠償の請求も失当である。

よつて進んで控訴人の前記(三)(四)の差押物件の不当廉価公売による損害賠償の請求の当否につき按ずるに、下関税務署長が昭和二十五年九月十二日控訴人主張の(ト)乃至(ワ)の不動産全部を合計一五万円で訴外金藤滋に対し公売したことは当事者間に争がない。しかして当審における鑑定人高木康光の鑑定の結果によると前記(ト)乃至(ワ)の不動産の右公売当時の時価は合計約二一万円であつたことが認められ、右認定に反する原審鑑定人木屋勝次、同上原和一の各鑑定の結果並に当審における鑑定人秋枝純逸の鑑定の結果はいずれも採用しないし、乙第四号証の一、二記載の価格、原審証人木原久義および当審証人藤井正一の各証言は措信し難く、更に前顕甲第六号証に記載の価格は当審証人木村三郎の証言によれば訴外山口銀行が控訴人と根抵当権設定契約をした際に右銀行が控訴人に対する債権額ともにらみ合せ担保価額として見積つたものであることが窺われるからその性質上当時の正確な時価を記載したものとは認め難く、他に右認定を左右するに足る証拠資料はない。そして当審証人仙波豊の証言によれば公売価格が一般市価を下廻ることは通常の事例であることが認められるから単に公売価格が時価より低廉であることのみを以ては直ちに違法ということはできない。又原審証人金藤滋の証言によれば同人が右不動産を競落するに際しそのうち(ル)の家屋には控訴人の長男である訴外宮本隆一が居住していたので同人と交渉して立退料二〇万円を同人に支払うことを約した上之を計算に入れて競買価格を稍低目に入札したこと並びに右立退料はその後同年十一月十五日金藤滋より訴外宮本隆一に現実に支払われたことが認められること及び原審証人川久保ツマ、同池田留一、同田村政一、同金藤滋、当審証人仙波豊の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合して認め得る当時宇部市地方は石炭価格の低落により著しく経済的不況にあつたこと、原審証人木原久義並びに当審証人仙波豊の各証言により認められる本件公売は本件土地家屋が宇部市内とは云つても相当辺ぴな個所にあり、しかも広大な面積であるのに一括公売に附せられた為め容易に買手がつかず、数回の期日を開いていること並びに弁論の全趣旨により認められる本件右不動産の当時の相続税法による評価時価の合計額が十二万六千円であり、固定資産税法による評価時価の合計が十万四千余円にすぎなかつた点等を綜合して考えると右公売価格の一五万円は稍低廉に失する嫌がないではないけれども該公売を違法視するに足るほどの著しき不当の廉価とは認め難いからこのことを前提とする控訴人の損害賠償の請求も失当として排斥するの外はない。

叙上の次第で控訴人の本訴請求は総て理由がないので排斥すべく、これと同旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第九五条、第八九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 紫原八一 判事 林歓一 判事 原田博司)

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